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紋章憑き~第一章【地上に神が存在する世界】~

『紋章憑き』この言葉をご存じだろうか。
 とある理由、とある方法、はたまた偶然の産物により神々の加護を受け、我が身に神の力を宿らせ、超常属性を手にした者達を世界の民はそう呼んだ。

 北の王国に暮らす一人の青年。名をアルベセウスと言う。その者、火の超常属性を手に入れた証として左肩には『火神イーヴェルニング』の紋章が浮かび上がる。
 世界を股にかけ旅を続ける者。名をリゼルハインと言う。その者、雷の超常属性を手に入れた証として右肩には『雷神レイヴォルグ』の紋章が浮かび上がる。
 代々引き継がれてきた鍛冶屋を営む青年。名をケイヒルと言う。その者、魔の超常属性を手に入れた証として手の甲には『魔神ヴェルゼモーゼス』の紋章が浮かび上がる。
 その者達、皆同じくして世界を揺るがす絶大な力を持ち、世界の民から崇められ、もしくは恐れられる存在『紋章憑き』

 上に支配する者が存在しない世界。
 この広大な世界には、神々の数だけ『支配者』となりうる『紋章憑き』が存在する。
 しかし、何を定義として『神』と呼ぶのだろうか。その定義の枠から漏れた『神』が存在したとすれば……忘れ去られた『神』が存在したとすれば……
 人が神に作られしモノなら、神も、もしかしたら神にとっての『神』なるモノに作られし存在なのかもしれない。

 忘れ去られし『神』の力を宿した『紋章憑き』その力、未だ誰も知らず――

   **************

 第一章【地上に神が存在する世界】

「だからー、同じこと繰り返し言わせるのやめてくれませんかねぇ」
 周りに街灯は一つも無い。夜の空に弱く輝く月。その月明かりだけを頼りに、一人の青年が携帯電話で『誰か』と喋りながらトボトボと歩いていた。
 散歩がてら。そんな感じにも見える。
 青年の名は、赤時隼人。年は二十歳。銀色の髪に耳にはピアス。見た目は今時の若者。俗に言うチャラ男風である。が、しかし。隼人は腕を組み、こう語る。『寝言は寝て言え。見た目で判断するのは二流三流だ』この言葉、もはや隼人のキャッチコピーになっていた。
 形はチャラ男だが、腕っ節は相当強い。そして持ち前の負けん気の強さ。どのような危機的状況に追い込まれようとも、死なばもろともの精神で、隼人の辞書には『引く・下がる・逃げ』の文字は無い。チャラ男と思い、舐めてかかると痛い目を見るだろう。
 当然、その逆も又然り。自らも痛い目を見ることも少なくない。
 そして携帯電話の向こう側にいる男。名は白崎拓人。年は隼人と同じで二十歳。幼少の頃からの付き合いで、今では隼人の唯一無二の親友と呼べる存在。腕っ節の強さは隼人に負けず劣らずと言ったところか。

「いつ戻るのかって? そんなの知らねぇよ。逆にこっちが聞きたいっつーのっ」
 そう言うと隼人は地面に転がる小石を蹴り上げた。なんとなんと驚いたことに小石はまるで重力を無視するかのように夜空の彼方、満天に輝く星空の中に紛れるかのように消えた……

 ところで。ここは一体どこなのだろうか。
 月明かりが無ければ、辺り一面闇の世界になってしまう。
 それほど周りには何も無い。街灯も無ければ人も居ない。日常的頻繁に聞こえる音らしい音が全く聞こえない。ささやかに鳥の鳴き声が聞こえるくらいだ。遠くを見渡す限り、何も見えない。もしかして、世界に自分一人しかいなくなってしまったのかと勘ぐっても仕方がないくらいだが――
 申し訳程度に均された道を見ると、なるほど人は存在すると見ていいようだ。
 その道を、北へ向かって隼人は歩いていた。

『いやホント、マジでお前どうしたんだよ? いきなり俺たちの前から消えて……えっと、何日経った?』
「何日かは分かんねーけど、結構経ってるよな」
『ホント。ホントそうだろ?』
「まあ、コッチにも色々とあるんですよ。うん、色々って言うけど24色セットの色鉛筆なんてもんじゃないよ? 何千色もの色鉛筆だ。それくらい色々あるんだな」
 何という表現力。隼人は自分の言葉に酔わずには居られなかった。どうよ? と言わんばかりに勝手に顔がにやつく。メールだったら間違いなく『シャキーン』の顔文字を打っていただろう。
『……何言ってんだ、お前』と冷めたお言葉が返ってきた。
「……何言ってるんでしょうね」
『そんなつまらんことはどうでも良いんだよ』口調がふざけていない。どうやら拓人には、本気でつまらなかったようだ。
「……どうでも良いとか言うな」
 隼人は一瞬で、メールで『ショボーン』の顔文字を打ちたい気持ちになった。
『はあ、またこうやっていつもみたいに話をはぐらかすんだもんなぁ』
「別にはぐらかすとか、そんな気は全然ありませんがね」
 隼人は夜の空に目をやると、右手を挙げ、『何か』に合図をするかのような不思議な手の動きを見せた。
『じゃあ言えよ。今すぐ言え』
 これはしつこい流れになると察知した隼人。
「あー、また今度な。そんじゃ、そろそろ切るわ」
 そう言って携帯電話を耳から離そうとすると、拓人が慌てて止めに入った。
『ちょ、ちょっと待てよ!』
「なんぞや? あんまりにもしつこいのはオナゴに嫌われますぞ」
『うるせー、余計なお世話だっつーの。つーか、ほら、今日お前に電話したのは別のことでお前に報告って言うか、何だ、ほら、アレだ。アレだアレ!』
 言いたくてウズウズしている。拓人の声の質から容易に予想が出来た。
「アレだ、で分かったらオレすげーよな。アレとは何ですか? はよ言え」
 そんな拓人に釣られたのか。隼人の顔が自然に綻んだ。
『オレ、墨入れたぜ』
「うそ? マジで?」
 隼人は本気で驚いた。
『マジで!』
 相当嬉しいのだろう、滅茶弾んだ声が返ってきた。
「そか、遂にお前も入れたか」
『超かっけーぞ。やばい、まじでやばい』
「で、どんなデザインにしたんだ?」
『あ? ああ、おーおーそれだ。そのことで今日お前に言いたかったんだよ』
「オレに? なんでよ」
『実はな、デザインは『堕天姫(だてんひ)』なんだよなー』
「だて……ん? おい、それって……まさか、お前」
 聞き覚えがある。聞き覚えが有りすぎる言葉で、隼人は逆に自分の耳を疑った。
『おう。お前がデザインしたやつだ』
「なぜ」
『かっけーから』
「……さよか」
『まあでも、お前の『竜王』には負けるけどな。そこは生みの親ってことで譲ってやる』
 隼人と拓人。二人の背中一面にはシルエットシンボルのタトゥーが彫られていた。
 趣味でイラストを描いていた隼人であったが、まさかそのイラストをタトゥーとして背中に入れるとは。それだけ自分のイラストに相当な自信があったということか。事実、先に彫られた『竜王』のタトゥーは彫り師の腕もあってか、芸術品とも言える程に素晴らしい作品に仕上がり、仲間内からもこの種の業界内にも、すこぶる評判が高かった。
 当時、拓人は二枚のイラストを隼人から見せられ「どっちが良いと思う?」と相談されていた。イラストの出来はどちらも甲乙つけがたかったが、隼人のイメージを考え『竜王』を選択した。そしてその時残った『堕天姫』のイラストは丁寧に折られ畳まれ、いずれオレが、とニヤリと笑った拓人の胸ポケットに仕舞われた――
 タトゥー『堕天姫』。薄い赤から黒へのグラディエーション。六翼の天使が優雅に舞い不敵に笑う。無数に散り舞う羽は美しく、人の心を惑わす魅惑の香りを振りまく。
 タトゥー『竜王』。薄紫から黒へのグラディエーション。その名が表すとおり、竜の王様であり、生きるモノ達全てが決して逆らうこと抗うことの出来ぬ絶対的な力の象徴。大きな翼を広げ空に向かって咆哮する姿は禍々しく、圧倒的に強大な存在感を示す。
『いやー、マジでお前には感謝感謝だ』
「見てーぞ、オイ」
 それは率直に素直な気持ちだった。
 何の変哲もない。ただ紙に描かれた一枚の絵。それが人の体に刻み彫られることによって『タトゥー』となり、主の体の一部となり、共に生涯を生きることを許されるのだ。
 隼人がそんな大事な、我が子とも言える『タトゥー』を見たくなるのも頷ける。
『見たけりゃサッサと戻ってこい』
「くっ、それは……」
『はいはい。無理なんだろ』
「……ああ。ちょっと今は帰れそうにないんだわ。悪い」
『謝んな。こんだけ長いんだ、そんだけ簡単にはいかないってことなんだろよ』
「まあ、な」
 お互い付き合いが長い。からこそ、お互いの性格をよく分かり合っていた。拓人は隼人の抱える問題に、深く詮索しなかった。いや、する必要がないと思ったのだろう。
「そんじゃ、もう切るぞ」
『ああ、またな。早く戻ってこいよ――』
 拓人が切るのを確認すると隼人も電話を切った。通話を終えた携帯の液晶をジッと見つめる隼人。その液晶は暗く、待ち受け画面はおろか、何も映し出されていなかった。
 隼人は、ふう、と大きく息を吐く。
 それと同時に夜闇が一層濃くなった。『何か』が月の光を遮ったのだ。隼人は微塵も気にする素振りを見せず、空を静かに見上げる。
 上空には一体の、あまりにも巨大な竜が滞空していた。
 想像の世界、空想世界の中でしか存在しない架空の生き物が目の前に。しかし、それを見た隼人は驚愕の声を上げることもなく、至って普通で自然な感じを崩さない。
「待たせたな乱丸」
 その言葉を待っていたようだ。乱丸と呼ばれる巨大な竜はゆっくりと隼人の前へと降り立った。その巨体が故に、小さな地鳴りが起こる。突然の超規格外生物の来訪に、羽を休めていた鳥達が慌てて木々から飛び立つ。こんなに!? と驚くほどの、鳥が群れを成して飛び立っていった。
 身を潜めていた動物達は全て居なくなったのか、騒々しい状況は鳴りを潜め、シンと静まりかえる。乱丸は素知らぬ顔で尻尾を地面にベチンと叩きつけた。
 隠れていた。最後の一羽らしき鳥がピーッと鳴きながら慌てて逃げていった。

 人間である隼人と並び立つと、乱丸と呼ばれる竜の巨大さがより一層際だつ。おおよそ十メートルといったところか。
 しかしながら。この、世間一般的に言えば『化け物』を目の前にしても、やはり隼人は至って普通だった。
「お前、本当頭良いのな」
 キュルルと、姿からは想像も出来ない可愛い声で鳴いた乱丸は頭を下げ、擦り寄せてきた。早く撫でろ撫でろと言わんばかりに。
「オレが話し終えるまで、邪魔しないように待ってたのか?」
 まるで猫をあやすかのように乱丸の首元を擽るように撫でる。ゴロロと喉を鳴らす乱丸。うん、猫だ。

 乱丸との楽しいじゃれ合いも程ほどに。
「よし。そんじゃそろそろいくかっ!」
 乱丸の背中に一気に飛び乗る。超人的な跳躍力だ。それは常識的には到底不可能で、人間如きに出来る域を遙かに超えていた。
 隼人を背に乗せた乱丸は、首を左右に大きく揺らす。
 真の姿と言ったところか。先程の可愛らしい鳴き声とは打って変わって、大地を震わす程の、勇ましく猛々しい咆哮を天に放つ。
 上体を起こし二足立ちになる乱丸。黒光りする鋼鉄のような硬い鱗に覆われた足に力が加えられる。長く鋭い爪が、地に深く食い込む。
 次の瞬間――
 乱丸は衝突音のような凄まじい轟音を大地に残し、夜の空へと瞬く間に消え去った。

 赤時隼人。彼は紛れもなく日本人だ。
 そして、どうやらココは隼人のよく知る日本ではないようだ。肌に当たる夜風が心地良い。まだ何も見えぬ北に何を見るのか。何を思うのか。
「いつになったら帰れるのやら」ポツリ呟く隼人。
「何言ってんのよ。まだこの世界に来たばかりでしょ」
 女の子の声が聞こえた。どこから? 隼人の脳に直接だ。隼人の反応は?
「だってつまんねーんだもんよ。まだ大して『力』も発揮してねーし」何ら自然に会話を進めるていた。
「心配しなくても大丈夫よ。この世界に居る限りは幾らでも発揮する機会は出てくるから」
「――ま、取り敢えずはリーンハルスに着いてからだな――」そう言って、隼人は乱丸の背にゴロンと寝転がると、瞬く間に深い眠りについた――

 時を遡ること、ひと月前。時刻は丑三つ時を少し過ぎた頃。赤時隼人は我が家のベッドでスヤスヤと安眠中だった。
 その安らかな寝顔を見せる隼人のすぐ横には、隼人を見下ろす一人の男。それも真っ裸で。
「おい」
「……くぅ」
「おいコラ」
「……くぅ」
 男は表情を崩すことなく、ほぼ無表情なまま隼人を思いっ切り蹴り飛ばした。まるで蛙のように、壁にビタんとへばりつく格好に、男は思わずクスっと笑ってしまった。
「……いひゃい」
「やっと起きたか」
「……い」
「い?」
「いてぇぇぞごるぁーーっ!」
 ジワジワとした痛みの感覚がピークに達した隼人は叫び声を上げ、飛び起きた。
「な、なんぞや! 今の……は」
 出しかけた言葉を言葉を飲み込む隼人。鳥肌が立つのと同時にイヤな汗が滝水のように流れ出た。目の前には全身真っ裸の男が腕を組んで立ってるのだ。それもあまりにも堂々と。恐怖。ただその一言だった。
「そ! そそそそこを動くんじゃねー!」
 左手を前に突き出し静止を促す。
「むっ?」
 謎の真っ裸男が組んだ腕を解く。
「う、動くなっつってんだろーが! ぶぶぶぶっ殺すぞ!」
 隼人はありったけの虚勢を上げる。
 明かりの消えた暗い室内に、真っ裸の知らない男がいる事実。命の危機を感じても良いのではないのだろうか。いや。隼人は体の危機を感じていた。
 視線が自然と『ソコ』を見てしまう。イヤなのに。あんな不快なモノ見たくないのに。なんで野郎なんかの『アレ』を見なきゃならんのか。なぜ、ガン見しなきゃならんのか。
 見てしまった隼人は、ほぉ、ほぉ、ほぉ、と三度頷き、ヒュ~と、心の中で口笛を吹いた。そこには大蛇がいました。
 こ、こいつはとんでもねーな。そう思った隼人は手を突き出したまま、目だけを動かし自分の体をチェックした。
 上半身は裸であったが、これは隼人自身が寝る前に脱いだからであってセーフ。決して脱がされた訳ではない。下半身も脱がされた形跡はないからセーフ。いや、もしかしたら事後なのかも。
 隼人は焦る心の中、ケツの穴に全神経を集中させた。痛くない。よしよし、セーフセーフだと首を縦に振った。どうやら隼人の後ろの処女は、純潔は守られたようだ。
 ……待てよ、と。
 ここで一つの疑問が隼人の頭に浮かんだ。なぜ起こした。起こす必要など無いのではないか。起こすにしても、縛り付けるなりして動きを封じてからだろう。隼人は目一杯考えた。焦る気持ちを抑えて頑張って考えた。
 やられた。なんてことだ。隼人は下唇を噛み天井を見つめた。オーマイゴッド。そんな心境だ。こんな簡単なことも分からなかったのか。瞬間。隼人は布団に拳をめり込ませた。くそ。くそ。くそ。くそ。何度も。何度も。何度も。何度も。

 そう。そうだったのだ。こいつは激しいプレイが好きなのだ。
 イヤよイヤよも好きのうちってのを望んでるのだ。『これか? これがええのんか? グフフフフ。口では嫌がっていても体は正直じゃのうグフフフフフフ』ってシチュエーションを。
「この! 変態が!」
「ちげーよ」
 間髪入れず。フルチン男が否定の言葉を入れた。
「好き勝手変な想像すんじゃねーよ」
「想像じゃねーよ! 確信じゃねーか!」
「ちっ。ったく、ちょっと待ってろ。このままじゃ延々と埒が明きそうにない」
「何が?」
「良いから黙って見ておけ」
「変態が偉そうに指図すんじゃねーよ」
 な、何と難儀な奴。そんな顔をしたフルチン男は顎に手を添えると、隼人を凝視し、何やら考えるように数回首を縦に動かす。
「……ツインテ……胸……大きい、と……こんなものか」
 隼人は目を疑った。まるでCGのような現象がリアルの世界に起こった。
 フルチン男の体が眩いばかりに輝くと、一瞬で、その体に細かい蜘蛛の巣状のヒビが入る。
「お? おおおおおっ!?」
 ボロボロと脆く崩れ落ちるように消えていく皮膚。隼人は開いた口が塞がらない。瞬きするのも忘れて、ポカーンと間抜けな顔を見せる。素晴らしく幻想的なシーンを目の前に、隼人はこれが夢なんじゃないかと、疑う余裕もなかった。
 そしてフルチン男の皮膚が全て剥がれ落ちた。
 そこに残ったのは光り輝く人型発光体。一言で言えば、不気味。しかしそれを凌駕する、心酔する程の美しさをも兼ねていた。
 人型発光体は足下から徐々に、まるで空のペットボトル容器に水が注がれ満たされるように、徐々に徐々にと姿を見せる。
 足……脚……太股……腰……胸……首……顔……髪。
 一つ一つのパーツが姿を現す度に、隼人は種類豊富な驚きの声を上げる。その反応は、どれもが好意的と受け取れる反応だった。
 最後。隼人は言葉が出なかった。正に、どうしてこうなった? と言ったところか。
 そこには金色の髪を左右に二括りにした、いわゆるツインテールにした女の子が立っていた。たわわに実った胸をこれでもかと強調したワンピースミニっぽい服を着た女の子。
 隼人の好きなニーソックスらしき物も完備した女の子は、肩に掛かる髪を、フワリと優雅に、気品を感じさせる仕草で払う。何か、心がほっこりと、そんな感じにさせる甘く美味しそうな匂いが隼人の鼻を擽った。そして、一言率直な言葉を述べるとすれば、やばい。可愛い。の一言である。
「どお? これなら文句ないでしょ?」
「な、な、何がよ?」
 隼人はいきなり振られてどもってしまった。
「あら。あなたの希望を叶えてみたんだけど? 違ったかしら?」
「き、希望、だと?」
「そうよ」
「お前、男じゃないの……か? て言うか、お前……何なんだ?」
「私? うーん、そうねぇ。男でもあるし女でもあるし、男でもないし女でもないわ」
「は? 意味分からんぞ。じゃあ何か? お前は宇宙人か何かなのか?」
 隼人は眉間に皺を寄せ難しい顔をする。
 そんな隼人を無視するかのように、女の子は話を進める。
「だって私『竜』だもん」
 竜?
 隼人にはそう聞こえた。またまたご冗談を。いや、聞き間違えたかな? ちょっと耳の調子が悪いようだ。そういや最近耳掻きしてなかったな。隼人は小指を立て耳掃除を始めた。コリコリコリ。お? これは中々大きいのがゴッソリ取れそうだ。耳掃除を終えた小指を目の前に持ってきて、じっくりと見る。大量大漁だ。隼人は立ち上がり、女の子の方に向かって歩き始めた。ぶつかりそうになる女の子に、ちょっとごめん通してと、手でジェスチャーしてそのまま歩を進める。机の前に辿り着いた隼人。机の上のティッシュ箱からティッシュを2枚取り出し大漁の耳クソを包んでゴミ箱へポイ。隼人はそのまま来たルートを引き返す。途中、また女の子と擦れ違う。女の子は、さっきから一人で何してるの? と、まるで不思議なモノを見るような表情を見せる。
 隼人はベッドに戻ってくると、よいしょと声を出して腰を下ろした。ニコリと女の子に笑顔を見せ、もう一回、と指を立てた。
「だって私『竜』だもん」
 やはり変わらぬ答えに、隼人の笑顔がヒクヒクと引きつる。互いに笑顔で睨み合う。
 ふざけるのも大概にしろよボケ、と笑顔で訴える隼人に。
 あら。私ふざけてないわよ、と笑顔で退ける女の子。
 そんな笑顔の押し問答は、若干ではあるが、女の子に分が有るようだ。
 実際、女の子の、常識的では絶対にあり得ない『竜』発言は、今ではあり得ないことでは無くなってしまったのだから。つい今し方。到底あり得ない光景を、隼人は目の当たりにしたばかりで、その事が鮮明に脳裏に浮かんだまま消えることはなかった。男が女の子に変わる瞬間。あれはどう見てもトリックやマジックでは無いってことを、間近で見た隼人が一番よく分かっていた。
 それでも。これを安易に認めてしまってはダメなんじゃないのか? と、隼人は最後の抵抗を試みた。自分自身、訳の分からない意地だけが隼人を動かす。
「『竜だもん』と言われて。ああ、そうですか。ってなると思いますか? あなた」
「なるわよ。私が竜なんだから仕方ないでしょ。私が私を否定してどうするのよ」
「いやいやいや。お前、人じゃん。何言ってんの。って言うか、竜なんて存在しないから」
「え? え? キミ何言ってるの? 竜は存在するわよ」
「しねーよ。なら証拠見せてみろよ」
「え? いいの?」
「え?」
 言っちゃいけないことを言ったのか? 隼人の表情が固まる。
「ねえ? 本当にいいの? 私としてはそっちの方が手っ取り早くて良いのよね」
「え?」
「証拠。見たいんでしょ?」
「……証、拠?」
「竜になって欲しいんでしょ?」
「お、おおう。そうか。竜な、竜だな? 竜ってあの竜だよな?」
 もう、イヤな汗がダラダラと流れる流れる。冗談だろ。ハッタリだろ。嘘だろ。と思う裏腹に『もしも』の割合が圧倒的に占めていた。『もしも』の展開になったらオレはどうなるの? 隼人は焦った。
「もしも。もしもだぞ? もしお前が証拠を見せたら、どうなる?」
「こんな部屋、一瞬で潰れるわよ」
「……またまたぁ~」
「論より証拠ね。今すぐ見せて上げるから。後になって後悔しないでよ?」
 そう言うと女の子は、隼人の制止の言葉が出るよりも早く、両手を前に突き出し、もの凄い早さで印を結び始めた。
 すると、変化はすぐに現れた。女の子の髪が舞い上がったと思えば、女の子の体がフワリと宙に浮いた。所謂ショータイムの始まりである。
 だがしかし。この時点で隼人は音を上げた。
「ストーップ! もういいから! 分かったから止めろ!」
「あら。いいの?」
 拍子抜け。そんな顔を作った女の子は、浮いた体をそのままストンと床に降ろした。
 隼人は、はぁ、と小さく溜め息を吐くと、座ったまま身を捻り、ベッドの棚に置いてあったリモコンを手に取り、ピッと部屋の明かりを付けた。
「あ。明るくなった」
 女の子は天井の照明をジッと見ている。
「ねーねー。これが『電気』ってヤツなのよね?」
「はぁ? 電気? 照明だろ」
「ちがう! 私が聞いてるのは、この明かりは『電気』がないと点かないんでしょ?」
「……当たり前だろ」
 何言ってんだ、お前。隼人はそう言いたかったが、言うだけ無駄になる気がしたのでやめた。
「……これがこの世界の『電気』ってヤツなんだ。ふーん、すごいわね」
「何一人でブツクサ言ってんだよ。すごいも何も当たり前だろ。ほらっ」
 隼人はベッドの上に乗っかっていた、黒色のクッションを女の子に投げ渡した。
「……何、これ?」
 投げ渡されたクッションを、お腹の辺りで受け取った女の子は不思議な顔を見せた。
「クッションに決まってんだろ」
「クッション? ……これ、どう使うの?」
 女の子はクッションの端をにぎにぎにぎにぎしたり、膨らんだところをぽふぽふする。
「どうって……お前バカにしてんの?」
「バカになんてしてないわよ。クッションなんて、初めて見るんだもの。使い方なんて分かるはずないでしょ」
「クッション、初めて見たのか?」
「そうよ。悪い? で、どう使うのよ。さっさと使い方教えなさいよ」
 女の子の反応と、真剣な顔を見る限り、どうやら本当っぽい。
「……マジかよ。いや、それじゃ、座布団だと分かるか?」
「ザブトン? 何よそれ。新種のモンスターか何かなの? 中々強そうな感じがするわね」
「……座布団がなんでモンスターなんだよ……」
 もうオレ、ヤだ。隼人はガクリと頭を下げると首を左右に振った。
「え? え? どういうことなの? クッションはザブトンとも言うの?」
「座れ。その手に持ったクッションを床に置いて、その上に座れ」
 クッションってそういう風に使うんだ、と納得したような顔をした女の子は、両膝を付いてしゃがむと、床にクッションを置き、その上に足を崩すように座った。
「これ、座り心地いいわね」
 初めてのクッションは好評のようだ。
 お互い腰を据えたことで、やっと落ち着けたと言ったところか。
 早速。ベッドに腰掛ける隼人が話を切り出してきた。
「で? お前は誰なの? 何者? て言うか、なんでこの部屋に居るの? どうやって入ってきたの?」
「名前を聞くなら、まずは自分からじゃない?」
「不法侵入者が何を偉そうに……。隼人だよ。赤時隼人。これで良いんだろ」
「隼人ね。分かったわ。私はラルファエンクルスよ。ラルファで良いわ」
「変わった名前だな。日本人じゃないとは思ってたけど、やっぱ外人さんだよな?」
「ガイジン? 違うわよ。私は『竜神』。竜神ラルファエンクルスよ。」
「竜神て……お前、頭大丈夫か? 漫画の読み過ぎで頭おかしくなってんじゃないのか?」
「何言ってるのよ。隼人も見たでしょ? 男の姿をしていた私が、この姿に変わったところ。私の頭がおかしいんじゃないの。隼人の方が、普通ではない世界に入り込んでしまったのよ」
「いや、まぁ、見たのは確かだけど……」
 隼人の言葉を遮るように、ラルファが手を開いて突き出す。
「ちょっと待って。先に私が話を進めるわ。反論はその後まとめてにして」
 全く釈然としない様子ではあったが、隼人は黙ってラルファの話に耳を傾けるようにした。
「これから話すことは、隼人にとって、到底信じられるような内容じゃないと思う。けど、それは事実だから。信じて欲しいわ。キミに、隼人にとって、この世界が当たり前で真実であるように、私にも真実と呼べる、こことは違う世界があるの。嘘に聞こえるでしょうけど、それは紛れもない事実なの。正直、私自身驚いてるんだから。まさか、『竜の紋章』が、遠くは隼人の生きる世界に存在していたなんて」
 そこで隼人が、割って入るように食いついた。
「竜の紋章? そんなものどこに?」
「どこにも何も、隼人の背中にあるじゃない」
 そう言って、ラルファは隼人を指指した。
「背中? ってコレ?」
 隼人は自分の体を抱くように、右手を左肩に置いて、タトゥーを指した。
「うん」
「これ、タトゥーだぞ。紋章なんかじゃねーぞ」
「タトゥー? 何よそれ。紋章でしょ?」
「タトゥーはタトゥーだろ。刺青とも言うけど」
「刺青? タトゥー? 全然何言ってるのか、意味が分かんないんだけど。まあ、そんなことどうでもいいわ。その紋章をどうやって手に入れたかが私は気になるわ。教えて。どうやって隼人は、その背中の『竜の紋章』を手に入れたのか」
「どうやってって。オレがデザインしたやつを彫って貰っただけだけど。それとこれはタトゥーな」
「……意味が分からない。儀式は? 修練は? 何かに封じられてたとか。色々あるでしょ?」
「ねーよ。ちょっと待ってろ」
 隼人は立ち上がると机に向かった。
「……えっと、どこに入れたっけなー」
 机の引き出しを開けては、中を漁るように何かを探す。上の段、中の段、下の段。引き出しの中には目当ての物は無かったようで、次に散らかり気味の机の上を探す。小物入れの中、ノートに挟まってないか、色々探してみるが、無い。あれー、どこにやったかなー、とその場で立ち考えること暫し。
「あ。そうだそうだ!」
 何かを思い出したのか。隼人は足早にベッドに戻ってくるとベッドに飛び乗り、壁に掛けてあったジャケットに手を伸ばした。
「確か、あれからそのままだったよな」
 隼人はジャケットの内ポケットに手を差し入れ、中を探る。
「あった。これよこれ」
 隼人はポケットの中から、一枚の折り畳んだ紙を取り出すと、その紙をラルファに見せる。
「それがどうしたの?」
「いいから。見てみ」
 そう言って、隼人はラルファの前まで来ると、紙をラルファに手渡した。
「……これって」
 渡された紙を開くと、そこには隼人の描いた『竜王』が。
「そのイラスト『竜王』って言うんだけど。オレの背中のタトゥーと同じだろ? それオレが描いたんだよ。そのイラストを基に、彫り師、えっと……なんて言うかな、特殊な技法で人間の体に絵を描いてくれる人? まあ、そんな感じの人を彫り師って言うんだけど。その彫り師にお願いして、オレの背中に竜のタトゥー、お前の言う『紋章』ってのを彫って貰ったんだよ。だから、お前が言う『どんな方法で』とかは無いんだよ。オレが自分で作ったようなもんだからな、コレは」
 隼人はラルファに背を向け、『竜王』のタトゥーを見せると嬉しそうな顔を作った。
「……それがもし本当なら。隼人、キミ、すごいことをしたわね」
 ラルファはゆっくり立ち上がると、隼人の背に手を置いた。愛おしい。そんな目で『竜王』をジッと見つめ、撫でる。
 隼人は内心もの凄くドキッとしたが、何とか平静を装う。が、やはり、どんな状況、場面であろうが、異性から触れられると悪い気はしないのだろう。隼人は顔をほんのり赤くした。
「……すごいって? なんで?」
「少し、私の世界の話をするけど。そのまま聞いて?」
 隼人は黙って頷き、ラルファの話に耳を傾けた。

 ラルファエンクルス。世界で最も強いとされる『竜類』の神的存在。それは即ち、世界最強を意味する。
 世界には自然や天候などを司る『神』が数多く存在する。火、水、風、土、雷、光、それこそ数え上げれば切りがない程である。神の世界もまだまだ未知の部分が多い。その神々の中にあって、最強と謳われているのが『竜神ラルファエンクルス』なのだ。
 そして『竜神』のもう一つの顔が、『戦乙女ワグナス』を守護する『四神』の一人であった。
 この五人の神に、難しい繋がりはない。人間で言う、幼い頃からの幼馴染みなだけである。
『ワグナス』を守護する理由も単純だ。ただ単に、泣き虫で、弱虫で、怖がり、だから。
『風神ミュアブレンダ』
『火神イーヴェルニング』
『巨神グールバロン』
 そして、『竜神ラルファエンクルス』この五人はいつも一緒だった。どんなときも。
 長き歴史に渡り、語り継がれ、それは揺るぎなく、未来永劫延々と続くものと思われた。が、やがて終焉を迎える。『竜類』の絶滅であった。原因不明の奇病に冒された、竜と呼べる生き物は、一頭、また一頭と倒れていき、それは瞬く間に、世界に生きる竜全てを絶滅に追いやった。それは太古の時代に起きた出来事であった。
 時は進み、地は大きく変わり。いつしか、人々の記憶からは『竜』なる生き物は存在しなくなっていた。隼人の生きる世界同様、この世界でも『竜』なる生き物は、空想上の生き物となっていた。
『四神』はいつしか、人々から忘れ去られ、いつしか『三神』となり、世に語り継がれるようになっていた。
『竜神』を抜いた、それぞれの神は、人の英知の賜か『神の紋章』となって人々達の力となり、世界の地を踏むことになった。それは今から五百年程前の出来事であった。
 この時から『神』と言う存在は、地上に存在してこそ『神』と呼べるモノになっていた。 時代は流れ、『神の紋章』は人から人へ受け継がれていく中、『竜神ラルファエンクルス』は只の一度も世界の地を踏むことはなかった。それも当然であろう。
 世界には『竜』なるモノは存在しないのだから。『竜神』なるモノが存在するなどと、人々が思うはずもないのである。
 ラルファは諦めた。最強と謳われた時代は存在しなかったのだ。
 空ではない何処かで、普通の人間なら気が狂いそうになりそうな『白い空間』と呼ばれる一面白一色な部屋から、ラルファは地上の世界を見ていた。
 ワグナス、ミュアブレンダ、イーヴェルニング、グールバロン。皆一緒に地上に居た。いつからだろう。四人と距離を置き始めたのは。思い出せない。それ程昔なのだろう。悲しかったけど、不思議とそれで涙は出なかった。悔しくて涙が溢れ零れた。『悔しいなぁ……』何に悔しかったのか、ラルファにも分からなかった。ただ何度も何度も悔しさを口にした。無意味に悔しさだけを募らす毎日。募らすばかりで捌ける術など有るわけもなく。空虚。今のラルファにはそんな言葉がよく似合っていた。

 そんな時。史上初めての出来事がラルファを襲った。
 どこからともなく声らしき音が聞こえた。ラルファは慌てて辺りを見回すが、白い空間とも呼べる部屋にはラルファ以外に人の姿はない。
 ラルファは『誰?』と姿無き声の主に問いかける。
『……我は『竜王』』
 そう声が聞こえると。ラルファの目の前に、見たこともない『紋章』が現れた。
 見たこともない。そして初めての経験だと言うのに、この先訪れるであろう答えが分かったかのように、ラルファは胸を激しく高鳴らせた。
『喜ぶが良い。貴様の力を解放する時が、遂に訪れた。世界は違えど、貴様の思いは我に通じ、痛いほど分かる。『竜』は常に最高であり、常に最強であらねばならぬ。故に我は貴様の前に現れたのだが……貴様は今もそれを強く望むか? 誇りたいか? そう思うならば我の手を強く掴むが良い。今一度の機会を与えてやる』
『紋章』は光輝くと、光の中から一本の手が差し出される。その手は、黒く硬い鱗に覆われ鋭い爪を生やし、一目で人外の者と分かるモノだった。
 ラルファは臆する様子もなく、両手でその手を掴んだ。そしてラルファは、こう問うた。
「機会とは?」
『よく聞け。今から貴様は、この世界ではない、別の世界に行くことになる。そして、その世界に生きる若き男が『竜の紋章』を持っておる。だがしかし、男は『力』を欲して『竜の紋章』を手にしたわけではない。どのような方法で手に入れたのか、我も存ぜぬが、紛れもなく『竜』の継承者となる男だ。貴様には、その男を、こちら側の世界に誘い込むことが出来るかを試して貰う。貴様の力は、この世界でしか本領発揮出来ぬからな。まあ、それは我にも言えたことだがな。我も向こうの世界では屍同然の無力でしかない。だから貴様には是が非にでも、その男を、こちら側の世界へと誘い込んでもらいたいのだ』
「あなたも、その世界では『竜神』的存在なの?」
『……いや。我の神は、その男だ』
「人間が、神?」
『その話は、今はせずとも良かろう。貴様が、その男をこの世界に誘い出すことが出来れば、いくらでも機会はある。』
「少し気になるけど……分かったよ」
『それでは、今から飛ばすとするが。貴様には一つ重要なことを言っておく』
「何?」
『貴様が向こうの世界で居られるのは僅か1時間だ』
「なんでそんなに短いの!?」
『向こうと、こちらとでは世界のベクトルが違いすぎるのだ。こちらの世界の『魔力』と呼ばれるモノは、向こうでは存在しておらん。向こうの世界では『電気』や『ガス』と言ったモノが『魔力』の変わりと言ってもまず間違いないだろう。『電気』によって、明かりをを点けたり、物が動いたり、何よりも我は『テレビ』が好きだ。具体的に話すと、恐らく半年は要すると思うので端折らせてもらう。一つ言えることは、この世界に『テレビ』がなくて心底残念だ……ペナントレースも佳境だと言うのに……くっ。おっと、話が逸れたな。兎に角だ。どんなに頑張っても『魔力』を保てるのは精々1時間しかない』
「……何か、最後の方が意味不明だったんだけど。ま、いいか。で、それを超えると、どうなるの?」
『貴様は強制的にこの世界に戻される。そして二度と向こうの世界に行くことは出来ん』
「……なんか焦るなぁ」
『それと、男か女。どちらかに変わっておけ』
「……どうして」
『両性共存種なんてもの、向こうでは存在せん』
「そうなの? いや、まぁ、両性共存なんて、こっちでも『竜類』しかいなかったけど」
両性共存種。その言葉の通りである。一つの生体に男と女が共存している種のことを言う。普通体型時は男性器、女性器を持っている状態で、体型から顔立ちは中性的である。そして自分の意思で男性にも女性にも変わることが出来る。子孫繁栄のために進化したと言ったところか。この特異体質のおかげで、雄と雌の番になる必要がない。
 ただ、性行為に入ったとき。その時に男性の状態であったか、女性の状態であったかで最終的な性別が判別されるのだ。所謂、大人の仲間入りとする、成人の儀と言ったところか。
「それじゃ、変わりますか……」
 ラルファが目を閉じると、ラルファの体が眩い光に包まれた。光は数秒で弾け散り消えた。
「……これでいいんだろ?」
 そう言って姿を現したのは、完全な男となったラルファであった。その姿。相も変わらず真っ裸であったが、両者共に気にすることは無かった。
『よかろう。それでは行くとしよう』
 この長い会話の中でも、『竜王』の手を離すことなく握り続けていたラルファの両手を逆に掴み返すと、一気に紋章の中へと引き込んだ。
『この手、しかと握って離すでないぞ!』
「あ、ああ! 離さねーよ! 絶対!」
 ラルファは紋章の中へと消えた。記憶もそこで途切れた。次に目を覚ましたとき、そこは赤時隼人の眠る部屋の中だった。

「おいおい……突っ込み所満載だろ」
 隼人は、背中のタトゥーに愛おしく頬摺りしているラルファに、どう対処して良いのか思い浮かばない。女性特有の肌の柔らかさに意識が逸れてしまう。
「でも全部本当なんだから……あぁ私の愛おしい紋章……あぁ素敵……」
 もう絶対離さない。隼人の背中からギュッと抱きついたラルファは、これでもかと言わんばかりに頬を寄せ、肌を密着させる。たわわに実った胸の感触までダイレクトに伝わってくる。隼人は……
 やばい。いかんいかんと大きく首を振って邪念を振り払う。
 ある意味、これも『魔法』だよな。隼人はやばいやばいと言った感じで肩を竦めた。
 隼人は、ていっ、と掛け声を上げると、抱きつき回されたラルファの手を勢いよく解いた。すかさず隼人は、あぁん、と残念そうな声を上げるラルファと向かい合う。
 ラルファの額にツンと人差し指を指した隼人。
「で? ぶっちゃけ。ラルファって、男なの? 女なの?」
「……今説明したばかりじゃない。今、この姿なんだから私は女なの。隼人はこの姿の方が好きなんでしょ? 」
「答えになってない気がするんだが」
「知らないわよ。私にはこれしか答えようがないんだから」
 ラルファは隼人の指を払う。
「私の説明ちゃんと聞いてた? 私は『竜神』。隼人の背中の紋章を求めてこの世界にやって来たの。その紋章まで導いてくれたのは、隼人の背中の紋章『竜王』。私も、隼人の背中の『竜王』も、隼人の協力が絶対必要なの」
 ラルファは出来るだけ要点だけに絞り、一気に捲し立てた。
「だから、協力するために私の世界に来て」
「無理」
 隼人速攻拒否。
「なんでよー!」
「当たり前だろ! バカかお前は!?」
「神に向かってバカとは失礼ね! 罰よ! 罰よ罰! 罰として私の世界に来ることを命じるわ!」
「うっせバカ! バカにバカって言って何が悪い。お前みたいなヤツを世間ではバカって言うんだよ! 誰がお前の言うことなんて聞くかってーの」
 再びラルファのおでこに指をツンと指す隼人。指でグイグイ押され、ラルファの首が後ろに仰け反る。
『バ・カ・か?』とおでこを、ぐい、ぐい、ぐい、と押されるラルファは、あぅ、あぅ、あぅ、と可愛く変な声を上げながらも。
「うるさいうるさいうるさーい! あなたは黙って私に従えばいいのよ!」
 と、おでこの指を再びペシンと払った。
「従えるわけねーだろ! ばーか!」
 隼人はクルリと踵を返すと、ベッドにドカッと腰を下ろした。安物のベッドか、大きく軋む。大きく開いた足の膝に肘をついた隼人は、呆れたように大きく溜め息を吐いた。
「大体よ? もし、お前の言ってることが万が一にでもホントな話だとしても、到底信じられないけど、もしホントだとしてもだぞ? オレ関係無いし。ふざけた無理言うなって」
 隼人はベッドの棚に手を伸ばし、置いてあった携帯電話を取る。主流のスライド式携帯だ。何も表示されてないディスプレイ。隼人は適当にボタンを押して待ち受け画面を表示させた。隼人デザインの『竜王』の待ち受け画面と共に、今の時刻がディスプレイに映し出される。
「……ところでさ、もうそろそろ経つんじゃないの? 大丈夫?」
 待ち受け画面に表示された時計を見た隼人は、まるで他人事のように言う。
「……何がよ」
「リミットの1時間」
「うそ? え? え? そんなに経ってたの?」
 ラルファは制限時間があることを完全に、スコーンと忘れていた。
「お前が、ラルファがいつ頃からココに居たのかは分かんねーよ? けど少なくとも、オレが目を覚ましてから1時間くらい経ってるっしょ」
「お、お願いだから一緒に来てよー!」
 慌てたラルファは隼人に近づき、その腕を掴み引っ張る。心底焦ってるのが、表情を見ても分かった。ほぼ顔面蒼白に近い。しかしそれを見ても隼人は。
「無理」
 と、やはり前回と一字変わらぬ答えを返し、膝に肘を付いたまま顔を横に剃らす。
 ラルファには、終わりを告げるカウントダウンが聞こえるのか、言葉を選ぶ余裕も無くなり、やがて声は掠れ、涙が溢れ、ボロボロと大粒の涙を零し始めた。
 ラルファは、隼人の腕から手を離すと顔を両手で覆い隠した。
「……お願いだから。おね……がい。します。お……願いします……っ、お願い、します」
 ラルファは言葉が喉に支えて上手く喋れない。そんな姿を横目でチラリと見る隼人。
「泣くなよ……たくっ」
 泣くのは卑怯だろ。女の涙は武器とよく聞くが、正に最終兵器だなコレは。泣きたいのはコッチだっての。でも泣けるはずないだろ。泣いたらダメだろ、オレは男なんだから。隼人は顔を背けたまま、何ともやりきれない気持ちに駆られた。ふざけんなよ、とむかつく気持ちに、意味の分からない罪悪感、夢なら覚めろよ、と、このふざけた現実を夢に押し付けることが出来ればどれだけ救われるか。隼人は、叫びたい気持ちを自分の髪にぶつけた。隼人は綺麗に染まった銀髪をグシャグシャに掻き乱す。
「ああぁ……くそっ」
 隼人は一呼吸の間を置き、どこか吹っ切れた感じで立ち上がると、お願い、としか口にしなくなったラルファの横を黙って通り過ぎる。その時、一瞬ラルファの手が隼人の腕を掴むが、『離せ』と振り解いた。それでまた一層ラルファは泣いた。また隼人は泣かせてしまった。
 隼人は部屋の入り口横にあるクローゼットを開き、ハンガー掛けに直接掛けていたタンクトップを取り、ブツブツと一言二言呟きながら袖を通す。
 隼人は諦めた。ラルファの言ってることは滅茶苦茶で、一つも納得できるところなどなかった。けど。女、泣かせたらイカンよな。単純に、隼人はそこに凹んだ。
「お前……オレのメリットちゃんと考えておけよ。タダ働きなんて冗談じゃないからな」
「……ぅえ?」
 ラルファは聞き逃してしまう。いや、聞き逃したのではなく、隼人の口から、よもやのセリフが出て来たことに対して、ラルファは自分の耳に自信が持てなかった。
「……タダ働きはゴメンだって言ったんだよ」
 隼人は、そう言って、シャツに袖を通しながら部屋の扉を開け、玄関に向かう。そしてラルファはクシクシと涙を拭う。良かった。ラルファは顔を綻ばせホッと安堵の息を吐いた。
 すぐに部屋へと戻ってきた隼人の手の指には靴がぶら下がっていた。
「おっし。んじゃ行くぞ」
「……ありがとう」
 ラルファは隼人にペコリと頭を下げた。また涙が零れた。
「ありがとう……本当に、ありがとう」
 下げた頭をそのままに、涙が止め処なく零れ落ち床を濡らした。
「……女泣かしたやつの負けなんだよ」
 隼人はラルファの頭にポンと手を乗せ、くしゃり、と頭を撫でた。
「……ありがとう……」

 ……そして、部屋には誰も居なくなった……。

 地球ではない。そこが一体どこなのか、知らない世界に隼人はやってきた。
「ぅいぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁああぁぁぁぁぁ……」
 隼人はいきなり絶体絶命の大ピンチ。死との向かい合わせ真っ直中だった。
 雲一つ無い澄み切った青空を背景に、猛スピードで地に向かって、斜め七十度の角度で落下する隼人。
「アホかぁああああああああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
 なぜかラルファは居ない。手に持っていた靴も、いつの間にかどこかへと跳んでいってしまった。隼人は叫んだ。
「だあぁぁぁまあぁぁぁあぁしぃぃぃたぁぁぁぁなぁぁぁぁっ!」
「失礼ね! 騙してないわよ!」
 ラルファの声が聞こえた。風を切る音に邪魔されることなく、超クリアな音質。
「てんめぇぇぇ、どこに隠れてんだぁぁぁぁぁぁぁ……」
「今、隼人の脳に直接話しかけてるの! 大丈夫だから落ち着いて聞いて!」
「落ち着けるかぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「大丈夫! この世界に来たときから、隼人は『竜の紋章憑き』だから!」
「『紋章憑き』? それが何なんだってんだぁぁぁぁぁ……?」
「簡単に言えば、隼人、キミは竜の化身になったの!」
「はあぁ? まままあぁ今は何でもいい! だから? それが何よぉぉぉ」
「すっごい頑丈になってるわ! だから!」
「だからぁぁぁぁぁ?」
「そのまま遠慮無く落ちて。痛いけど死ぬことはないから」
 笑顔で親指をビシっと立てたラルファが、隼人の脳にフッと浮かび上がった。
「……無ぅ理ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
 何を言っても、当然止まるはずもなく。逆にグングン加速する。隼人の体に掛かる『G』はジェットコースター等とは全然比べものならないくらい凄まじい。やっぱり来るんじゃなかったと、隼人は来て早々後悔した。
「安心するがよい」
 突然、ラルファとは違う声が隼人の脳に響いた。
「だ、誰よぉぉ?」
 その声の正体を知っていたラルファが、先に答えた。
「竜王?」
「りゅ、竜王!? あ? ぎぃぃやああぁぁぁぁぁぁぁ!」
目ん玉ひん剥き隼人は絶叫する。オレの背中に翼が生えてる。鳥のような、柔らかそうな羽毛に覆われた翼ではなく、分厚い鱗に覆われた、黒く輝く強固な翼が、隼人の服を内側から突き破り生えてた。
 横に目一杯広げられた翼は、向かい来る空気の抵抗をまともに受け止める。呆然とする隼人を余所に、翼は風を纏い、巧みに空気の流れをコントロールする。隼人の体は、フワリと反転すると、足の裏を地に向けた体勢になった。要は着陸態勢に入ったと言うことだ。
 自動操縦で、訳の分からぬまま、なんとか無事大地に降り立った隼人は足に全然力が入らず、そのまま後方にフラフラっと尻餅をついた。
 隼人は、乾いた笑い声を出すのが精一杯だった。ははは、と力無く笑うと、体育座りをした膝に顔を埋めた。
「痛い思いしないで良かったわね」
「怖い思いはしたけどな……」
「まぁまぁまぁ。無事だったんだからいいじゃない」
「他人事だと思いやがって……ってか、これ、どういうことよ?」
 隼人は背中に生えた翼を指差す。
 その、指差した翼が、隼人の声にピクリと反応する。先程の声が、再び隼人の脳に響く。
「主よ。感謝する。我、竜の王となり、この地に召喚されること、感謝する。我の命、主に永久なる服従を誓おう!」
 刹那。『竜の紋章』から光が伸び、天に突き刺さると、辺りが一瞬で闇に包まれた。この瞬間、世界が夜へと反転する。これに驚愕の声を上げたのは、ここにいる隼人だけでは無かった。

 リーンハルス王国。エトラノーズ大陸の北側に位置する国である。王国の中心である王都ログナス。ログナスの中心部に立つ王城ジュナルベイル。
 城内は、突然の天変地異とも言える状況に衛兵達は慌てふためき、皆一様に『魔神』と言う言葉を口にする。その衛兵達を叱咤しながら城内の廊下を駆ける女性。突き当たりの扉を勢いよく開ける。
「アルベセウス!」
 アルベセウスと呼ばれた眼鏡の男は、ソファにもたれ掛かるように、足を組み座りながら一人静かに読書に勤しんでいた。視線を本から動かすことなく、言葉をナスターシャに返した。
「……ナスターシャ? そんなに慌ててどうかしたか?」
「どうしたも何も! 今すぐ窓の外を見てみろ!」
「……見なくても分かるさ。ナスターシャ、キミも感じるだろ?」
 アルベセウスは本をパタリと閉じ、僅かにずれる眼鏡を中指を使ってクイと押し上げる。
「『魔神』か……。ふっ、何も恐れることはない。同じ紋章憑きだ」
「それはそうだが……」
 アルベセウスはソファから立ち上がり、ナスターシャに近づくと、その肩に手を乗せる。
「……姫様を守るのが私達『三神』と呼ばれる紋章憑きの役目だろ?」
「分かってるさ、そんなことくらい」
 ナスターシャから離れたアルベセウスは、窓際まで来ると、昼間の『夜』空を眺める。
「……魔の紋章憑きよ、いつでも来るがいい。その時は私が、この『火神』イーヴェルニングを以てして貴様の相手をしてやろう」
 不敵に笑うアルベセウスの左肩が紅く光り輝いた。

 時を同じくして。『三神』の紋章憑きを抱えるリーンハルスから遠く離れた西の地。
 剣士らしき一人の青年が、暗くなった空を見つめる。青年の肩には、自分の身の丈ほどの長剣が提げられていた。青年は大袈裟に大きく溜め息を吐くと、眉間に手を当てヤレヤレと言った感じで首を左右に振った。その顔は口元をつり上げ、不気味に微笑む。
「僕は少しご機嫌斜めになりそうだよ」
 一人喋り始める青年。身振り手振りを交えたそれは、一人喜劇にも見える。
「キミの他に『夜』を作り出せるヤツがいたんだね……」
 青年はゆっくりと右手を天に突き出し、パッと開く。右手の甲には紋章が刻まれていた。
「どこのちっぽけな『神』だか知らないけど……僕を怒らせるのは感心しないなぁ」
 表情を変えないままに、負の感情を露わにする青年。青年の脳に何者かの声が直接語りかける。
「今は考えるな。お前の今の目的はリーンハルスだと言うことを忘れるな」
「……分かってるさ」
 青年は背筋も凍るような冷徹な目で、南の方角を睨む。僕を不快にさせるヤツはそこにいるんだね。青年はまだ見ぬ敵を睨み続けた。
「……この世界で最強は僕だよ。そうだろ? ヴェルゼモーゼス」
「無論だ。最強は我『魔神』ヴェルゼモーゼスだ」
 青年の嘲り笑う声が『夜』空に響き渡る。……世界に最強は二人もいらないよ。
『夜』空に突き出した右手。紋章が血の色に輝いた……

 場所は戻って遠く南の地。
 隼人の背中から天高く伸びる光の柱。ドスッ、ドスッ、と光の柱の内側から爪が突き出る。光の内側から突き出た八つの鋭い爪が光を裂く。
 開かれた光の扉から、のそりと静かに、威風堂々姿を現したのは、巨大な黒竜だった。黒竜は凄まじくけたたましい咆哮を上げる。咆哮は魔法陣のようなものを生み出すと、大地を大きく震わせ、空には黒竜を中心に激しい波紋が広がった。
 意外なことに、黒竜を目にした隼人は、恐怖心よりも好奇心の方が強かった。「かっけー」と目を輝かせる。逆に、ラルファの方が驚きの声を上げた。
「な、何よこれ……」
 ラルファの声が震える。ラルファは少しばかり畏怖していた。
「……何って……竜だよな」
 隼人は言葉が上手く出ない。少しばかり興奮していた。
「あ、ありえない」
「ありえないって……お前ら同類だろ」
「こんなの桁が違いすぎるわよ」
 黒竜が隼人の前へと降り立つ。二足立ちから四足立ちになると、『犬の伏せ』のような姿勢で腰を落ち着かせた。どうやら、この竜は隼人を餌とは思っていないようだ。何故そう思うのか? 犬のように尻尾を左右に振っているのを見る限り、そう思うのが妥当であろう。
 黒竜は隼人をジッと見る。口を開けると隼人に向かって、外見からは想像も出来ない、可愛い鳴き声を上げた。キュルルキュルルと鳴く姿に、隼人は薄々と感づいた。もしかして、コイツ、オレに何か言ってるんじゃないのか? と。
 その読みはズバリ当たっていた。ラルファには竜の言葉が理解出来るらしい。自分のことを竜神と言うくらいだから、普通に考えたら当然か。ラルファが介して、言葉を訳してくれる。
「この竜。やっぱり『竜王』みたい。そんなことだろうとは思ってたけど。それにしても規格外にも程があるわよ」
「『竜王』って?」
「どうやら隼人がこの世界に来たことによって、背中の竜の紋章が具現化したようね。ただ言葉を喋ることが出来なくなったのは予想外だったみたい」
 竜王はウンウンと顔を上下させる。
「……そんなことって、この世界では普通にあり得るのか? 正にファンタジーの世界じゃねーか」
「私も初めての経験だから、何とも言いようがないわ。え? ん……ん、ん」
 竜王は鳴くが、やはり隼人には何を言ってるのか分からない。
「なんて言ってんだよ」
「えっと、主である隼人に、一生の忠誠を誓い、絶対の服従を誓うから、その証として名前が欲しいみたい」
 きちんと訳されたことに、竜王はウンウンと顔を上下させる。
「な、名前っ?」
 隼人は素っ頓狂な声を出した。
「竜王じゃダメなのか!? 格好いいだろ!? 気に入らないのか!?」
 竜王は顔を左右に振り、キュルルルと鳴いた。
「竜王は竜王であって、名前とは別だって。まぁ、分からないでもないわね。私も『竜神』とは呼ばれるけど、ラルファエンクルスって、歴とした名前があるし」
 そうかなるほど。『竜王』は、つまりは通り名ってことだな。少し考えれば分かりそうなものだが、隼人は、言われて初めておかしいことに気付いたようだった。
 早速隼人は、その場で名前の熟考を始める。竜だからな。あくまでも竜だ。ドラゴンでは無く、竜だと言うことに重点を置いて隼人は一つ、一つ、考案を出しては消しを繰り返した。
 そして隼人はニヤリと笑う。ようやく決まった。隼人は竜王に向かってビシッと人差し指を指し、大きな声でこう告げた。
「お前の名前は乱丸だ! 『竜王』乱丸だ!」
「ランマル。随分と変わった名前ね」
「いい名前だろ」
 隼人は満足そうに笑う。落ちてた木の枝を見つけ拾うと、ランマルってのはこんな風に書くんだぞ、と地に彫って教えてやる。勿論、漢字で。
 漢字は別にして、『乱丸』と言う呼び方を気に入ったのか、竜王は喉をゴロロと鳴らす。
「喜んでるみたいね」
「そかそか、そんなに気に入ったか。これからもよろしく頼むぞ乱丸」
 乱丸は頷き、三回、四回、と鳴くと、強烈な砂埃を巻き起こし『夜』空へと、飛び消え去った。同時に『夜』空も、元の昼の空へと転じた。
「最後、一体なんて言ったんだ?」
「隼人が呼んだときは、すぐに駆けつけるから遠慮無く呼べ、だって。……て言うか、少し疲れたわ」
「どうして?」
「まさか、あんなに凄い魔力見せ付けられるとは思ってもみなかったわよ」
「そんなに?」
「ええ、悔しいけど。……少し凹むわ」
「同じ『竜』なのに、変だよな」
「……何言ってるのよ。乱丸は隼人の竜の紋章が具現化した姿なんだから。隼人の持ってる『竜』のイメージが、あの乱丸の強さそのものなんだから」
「それなんだよ。今イチ、ピンとこないんだよな。タトゥーが具現化。……うーん」
「でも、間違いないと思うわ。確か、前に乱丸は隼人のことを『……いや。我の神は、その男だ』って言ってたのを覚えてるわ、私」
「うーん正にファンタジーだな、これは」
「ファンタジーファンタジーうるさいわね。いいこと? この世界に住んでる人達は、この世界が極普通に当たり前なんだから。ファンタジーって言葉をあまり他言しないようにお願いするわ。じゃないと隼人、キミ、変な目で見られ兼ねないわよ」
「そんなの知らねーよ。事実そうなんだから仕方ないだろ。一々とグダグダ言われるのは好きじゃねーからな、ほっとけっての」
「はいはい、分かったわよ。それじゃお好きにどうぞ」
「あ? 何その態度。お前、さっきまでピーピー泣いてたくせに、こっちに来てから何か偉そうだな」
「う、うるさいわね。ふん、こっちの世界に来たからには、私の方が立場は上なんだからね。自分の世界に早く戻りたいのなら、私には逆らわないことよ」
「きたねぇ……脅しかよ」
 立場的余裕か、ラルファは、何とでも言いなさいと、ホホホと笑う。隼人は一つ舌打ちをすると、話を次に進める。
「ところで、何でお前は姿見せないんだよ」
「『神』は基本的には、直接地上世界の理に干渉出来ないの」
「え? じゃあ、一体これからどうするんだ?」
「隼人が私の代わりに世界を回るの」
「……ほう、それで?」
「世界で誰が最も強いかってことを、隼人が身を持って世界に証明するの。もうね、これ本っ当、私の念願だったんだから。『竜最強伝説』の復活よ!」
「いやいやいやいやいや! 無理だろ! どうやってオレが?」
「だから言ってるでしょ? 隼人は『紋章憑き』なんだって」
「だから、一体その『紋章憑き』って何なの?」
「『紋章憑き』と認められた者は、その『神』が持ってる力を全て受け継ぐのよ。本来なら、色々と特殊な儀式を踏まえた者だけが『紋章憑き』となる筈なんだけど。隼人の背のタトゥーってモノが、偶然にもこの世界で言う『竜の紋章』と重なったんだと思う」
「いまいちピンとこないんだよな。これと言って変わったところも無いし」
 隼人は自分の体を見回す。外見上これと言った目立った変化は無い。
「そうねー……それじゃあ、えっとぉ……辺りにあるモノ、何でもいいから思いっ切り殴ってみて。思いっ切りね」
「思いっ切りっ……て」
 隼人は背中にポッカリ大きな穴の開いたシャツとタンクトップを脱ぐと、シャツを捨てタンクトップをグルグルときつく手に巻き付ける。
 めぼしい木を選んだ隼人は、一歩二歩と助走を付け、ややフック気味の渾身の右ストレートを打ち込んだ。
 インパクトの瞬間、拳に小さな魔法陣が発生する。隼人はぞれに気付くが、勢いよく放たれた一撃を止めることは出来なかった。木がまるで発泡素材であったかのように、ザックリと幹の大半を抉るように突き抜けた。幹を失った木はメキメキと音を立て、くの字に折れ倒れた。
 拳を見舞った当の本人である隼人自身が絶句した。手に巻いたタンクトップを剥ぐように取り、自分の拳と、折れた木の幹を何度も交互に見る。
「……どうなってんだ?」
「どお? すごいでしょ? これが『竜の紋章憑き』の力よ」
「マジかよ。す、すげーな……」
「肉体的に全く変化は見られないけど、隼人の肉体には『竜神』である私と同等の力が宿り、如何なる敵をも破壊する圧倒的な攻撃力に、如何なる敵の攻撃をも弾き返すほどの超人的な守備力。その他、有りとあらゆる運動能力は飛躍的に向上してるわ」
 それを聞いた隼人は徐々に興奮する。
「最強だろ、これ」
「だから言ってるじゃない、元来最強と謳われるべきは『竜』なんだから」
 現実ではあり得ない、夢のような『力』を手に入れた隼人はどこか吹っ切れたかのような表情を覗かせた。やってやる。これが夢だとしても、ならその夢の中で暴れてやる。こんな超絶体験出来るのは世界中どこを探しても俺くらいなもんだろう。『力』を手に入れたことによって、隼人の中に眠る『男』の本能が目覚めたか、当初とは打って変わって俄然やる気が漲っていた。
 だがしかし――
 ふと一つ、隼人には引っ掛かることがあった。
 この世界の『竜の紋章憑き』の存在である。
 確かに、隼人の背中のタトゥーは『竜の紋章』と認識され、ラルファの持つ『竜神』の力を手に入れた。しかし、隼人はこの世界の人間ではない。
 この世界の人間でない隼人の持つ『竜の紋章』は、言ってみれば紛い物ではないのだろうか? この世界にも『竜の紋章憑き』と、なりうる者がいるのではないのか?
 本来、何を得てして、何を持ってして『竜の紋章憑き』となるのか、それは偶然『竜の紋章憑き』になってしまった隼人、そして当の『竜神』ラルファにも分からない
 それを聞いたラルファは。
「うーん……確かにそうだけど。今は隼人が紋章憑きなんだし……気にしても仕方ないんじゃない?」
 どうやら、対して気にするような問題ではないようだ。それを聞いた隼人も、確かに、の一言で片付け、気にするのを止めた。
「さて……と。で? これからどうすんの、オレ」
「そうね、とりあえず……北にあるリーンハルスに向かうとして……」
「リーンハルス?」
「そ、リーンハルス王国よ。そこには四人の紋章憑きがいるはずよ」
「ふーん、それで? オレがそいつらと一戦交えればいいの?」
「違う違う。その紋章憑きに宿ってる『神』は私の知り合いだから」
「あー、ワグ、ナスだっけ? 『四神』だか『三神』だとかも言ってたよな、確か」
「そそ。私もこうして地上に降りてこれたんだし、一応軽く挨拶しておかないと、一応ね」
「へーへー」
「な、何よ。ニヤニヤして」
 隼人はシャツを拾い上げると、手に持ったタンクトップと纏めて肩に掛ける。
「会いたいなら会いたいって正直に言えよ」
「そ、そ、そんなんじゃないわよ!」
 慌ててラルファは否定するも、その反応が却って仇となる。隼人はわざとらしく、シシシと嫌味に笑う。
「はいはい。それじゃ、寂しがりの神様のために行くとしますか」
「だから! そんなんじゃないって言ってるじゃないっ!」
[ 2011/08/17 13:14 ] 未設定 | TB(0) | CM(0)
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